大阪地方裁判所 昭和41年(行ウ)89号 判決 1967年11月30日
原告 北側栄太郎
被告 大阪府収用委員会
訴訟代理人 伴喬之輔 外二名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 <省略>
理由
一、昭和四一年六月七日被告が堺都市計画金岡東新住宅市街地開発事業用地の収用につき裁決をなし、同月一六日裁決書正本を原告に送達したことおよび原告が右事業用地の所有者の一人であることは当事者間に争いない。
二、参考人坂井光夫の審問申立について。
原告が被告に対し訴外坂井光夫を参考人として審問することを申立てたこと、その申立の趣旨は右訴外人が昭和四一年四月訴外大黒昭二所有の土地について坪当り一〇万円で買受けたい旨申込んだが右大黒が安すぎるとして売却を拒絶した事実を証明し、これをもつて収用土地の売買価格を明らかにするためであつたこと、被告代表者会長がこの申立を相当でないとして採用しなかつたことおよび起業者たる大阪府が起業地の九四%に及ぶ土地をすでに買収していたことは当事者間に争いない。
被告代表者本人尋問の結果並に弁論の全趣旨によれば、原告主張の補償額は坪当り一〇万円位ということで、これと当時起業者大阪府がすでに本件起業地たる金岡東地区約一三七・九ヘクタールの九四%を任意買収していた買収価格との間には約一〇倍の大巾なひらきがあつたこと、訴外坂井光夫と訴外大黒昭二との間には売買の合意は結局成立しなかつたこと、これとは別に本件起業地内でその頃私人間の売買取引がなされた実例があり、その取引価格は大阪府の右買収価格より幾分高いという程度のものであつたことおよび被告は職権をもつて不動産鑑定士に本件土地価格の鑑定をさせており、その内容は鑑定方式に適つた詳細なもので、それによると坪当り一万円から一万五千円位の線に価格の鑑定がされていたことが認められる。
ところで、土地所有者は損失の補償に関する事項については、収用委員会の審理開始前に意見書を提出することができる(土地収用法四五条一項)だけでなく、審理において新たに意見書を提出し、又は口頭で意見を述べることができ、右意見の内容を証明するため必要な参考人の審問を土地収用委員会に申立てる権能が認められている(同法六三条)。収用委員会会長は、これらの意見・申立が既になされた意見・申立と重複するとき、裁決の申請に係る事件と関係がない事項にわたるときその他相当でないと認めるときはこれを制限することができる(同法六四条二項)。前記事実によれば、訴外坂井光夫と訴外大黒昭二との間には売買契約は結ばれなかつたのであるから、坪当り一〇万円で買いたいという訴外坂井光夫の申込みの事実があつたにしても、このような一方の提供に係る価格は、土地収用法七二条所定の近傍類地の取引価格に該当しないのはもちろんであつて、第三者の主観的意向に依存することが大きいものと一般的にいうべきものであるから、同法七二条にいわゆる「相当な価格」、つまり客観的価格を算定する資料としては、前示認定の金岡東地区約一三七・九ヘクタールの九四%にわたる土地その他の近傍類地の取引価額、前示鑑定に比較して、客観性に乏しく重要なものでないことは一般的・客観的に明瞭であるといわねばならない。してみると、原告の参考人審問の申立を被告代表者会長が相当でないとして却下したことをもつて、裁量権の範囲をこえ又はこれを濫用した違法なものというのは当らない。
三、鑑定人審問の申立について。
被告が命じた鑑定人を原告が自ら審問したい旨被告に申立てたこと。被告委員会の会長がこれを採用しなかつたことは当事者間に争いない。被告代表者本人尋問の結果によれば、被告は調査処分として職権で鑑定人二人にそれぞれ被告委員会の事務室に出頭を命じ本件収用土地の価格の鑑定をさせたこと、鑑定人の一人は佃順太郎であつたこと、二つの鑑定の結果はいずれも収用土地の価格を坪当り一万円から一万五千円の範囲内で鑑定したこと、右鑑定の結果は審理廷には顕出されず、原告としてはその内客を知ることができないまま審理が終結されたことが認められる。なお弁論の全趣旨より前記佃順太郎が不動産鑑定士であることおよび他の鑑定人が不動産鑑定士北嶋正司であることが認められる。
ところで、土地収用法(昭和二六年一二月一日施行)によつて全面改正された旧土地収用法は、審査の手続において純然たる書面審査主義を採用し、収用審査会は起業者の提出した裁決申請書及びその附属書類並に被収用者の提出した意見書を主たる審査の資料とし、収用審査会において必要と認める場合には職権をもつて起業者、土地所有者又は関係人を呼出して意見を聞き(旧法四三条一項)鑑定人を選んでその意見を聞く(旧法四二条一項)などして共に審査の資料とすることができるものとしていた。現行土地収用法はこの純然たる書面審査主義を改め、審理(一定の日時、場所に収用委員会の委員、起業者、土地所有者、関係人が参加して裁決申請の当否を判定する目的でなされる会合)を開始する場合には収用委員会は起業者、土地所有者、関係人にあらかじめ審理の期日及び場所を通知し(土地収用法四六条二項)、審理を公開し(同法六二条)、起業者、土地所有者、関係人は審理においても一定範囲の事項について更に意見書を提出し、又は口頭で意見を述べることができ(同法六三条一、二項)、収用委員会に対して一定範囲の事項を証明するため資料を提出し、鑑定人の鑑定、参考人の審問及び土地又は物件を実地に調査することを申し立てることができ(同法六三条三項)、審理において収用委員会が出頭を命じた参考人又は鑑定人を自ら審問することを申し立てることができる(同法六三条四項)ものとして、裁決手続における審理に当事者が参加して意見書の提出、口頭による意見の陳述及び申立をする権利を保障するに至つた。
しかしながら、現行法はこのように審理における当事者の参加を権利として保障しながらも、他面収用委員会は(審理又は)調査のため必要があると認めるときは職権をもつて、起業者、土地所有者、関係人又は参考人に出頭を命じて審問し、意見書又は資料の提出を命じ、鑑定人に出頭を命じて鑑定させ、現地について土地又は物件を調査することができ(同法六五条一項)、必要があると認めるときは(審理又は)調査に関する事務の一部を委員に委任することができる(同法六〇条の二第一項)としている。これらの規定によれば、法は土地収用が私権に重大な影響を及ぼすものである反面、公共の利益の増進に直結する行政作用であるところがら、裁決手続が迅速且つ適正に遂行せられることを図るため、審理の手続のほかに、調査の手続を予定しており、収用委員会は必要と認めるときは調査の手続として職権をもつて所要の事項を調査し、裁決の資料とすることができるのであつて、審理制度の趣旨に反しない限り、必ずしも調査手続によつて蒐集された資料を審理手続にのせて当事者に意見を述べる機会を与えなければならないものではないと解するのが相当である。
しかして、法六三条四項が土地所有者等の当事者に鑑定人を自ら審問することを申し立てることができるとしているのは、「審理において収用委員会が六五条一項の規定によつて出頭を命じた鑑定人」についてであつて、当該鑑定人は収用委員会が審理手続として審理期日に審理の場所に出頭を命じた鑑定人に限定されており、審理手続の外において調査の手続として出頭を命じた鑑定人はこれに該当しないと解せられるのであるから、前示認定のとおり、被告が調査の手続において鑑定をさせた本件鑑定人について、法六三条四項による審問申立権がある旨の独自の見解を前提とする原告の主張は採用できない。
四、損失補償額算定の基準時について。
原告は、被告が収用裁決より前になされた起業者大阪府の任意買取の価格を基礎として損失補償の額を算定しているから、これは収用裁決の時における価格によつて補償額を算定しなければならないとする判例を無視するもので違法であると主張するが、このような主張は収用裁決に至る手続の違法を主張するものではなく、結局損失補償の額そのものに関するものであり、土地収用法一三三条に基づき起業者を被告とする訴において主張するは格別、収用委員会を被告とする本訴において裁決の取消を求める理由とはなり得ないから、主張じたい失当である。
五、替地補償の意見書の提出について。
原告の主張する違法事由が具体的に特定しておらず不明確であるから、主張じたい失当である(なお、被告が原告をして替地による補償の要求をさせるべき義務はない。所有者等みずからの責任においてなすべきことからである。)。
六、以上明らかな如く原告の請求はいずれも理由がないから失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 山内敏彦 藤井俊彦 井土正明)